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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1227号 判決

控訴人 肥後亨

被控訴人 国

訴訟代理人 真鍋薫 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し昭和三十一年七月八日執行の参議院東京都選出議員選挙の供託金十万円の金員を返還しなければならない、訴訟費用は第一、第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求める旨を記載した控訴状を提出したまま、合式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しない。よつて右期日に出頭した被控訴代理人に弁論を命じたところ、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

被控訴代理人において原審口頭弁論の結果として陳述した当事者双方の事実上の主張は原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

控訴人が昭和三十一年七月八日施行の参議院東京都選出議員選挙に立候補し、その届出と同時に金十万円を供託したこと、しかるに控訴人は被選挙権を有していなかつたため控訴人に対する投票は無効となりその当選を見るに至らなかつたことは当事者間に争がない。よつて控訴人において右供託金の返還を求めうるや否やにつき案ずるに、公職選挙法第九十二条には、公職の候補者はその届出と同時に一定の金額、または国債証書を供託することを要する旨を規定すると共に、同法第九十三条第一項には右候補者の得票数が一定の数に達しないときは右供託物の返還を受けえない旨を規定し、以て立候補を慎重になし、その濫立を避けることを期しているものと解すべきところ、立候補の届出については選挙長は形式的審査権はこれを有するも、実質的審査権は必ずしもこれを有するものではなく、殊に候補者の被選挙権の有無についてはこれを調査し決定する権限を有しないものと解すべきである。従て選挙長が被選挙権を有しない候補者の届出を受理したとしても違法ではなく、また右届出と同時になされた供託は有効であつて候補者は選挙の無効その他法令で定めた場合の外は同法第九十三条第一項所定の事由の存する限り右供託物の返還を求めえないものといわなければならない。而して同法第九十三条第一項にいわゆる候補者の得票数とは、単にその候補者の氏名を記載した投票の総数を指すのではなく、その候補者に対する有効な投票の総数を指すものと解すべきである。このように解することは同法の前記目的に一層合致するものと認められる。本件において控訴人が前記選挙につき被選挙権を有せず、控訴人に対する投票が無効であること(この投票が無効であることは同法第六十八条第一項第四号の規定によるも明である。)は控訴人の認めるところであるから右選挙において控訴人の得票数は同法第九十三条第一項第四号所定の数に達しない場合に当るものというべきである。(控訴人の氏名を記載した投票の総数についても右法定数に達しないことは控訴人の認めるところである。)右の事実によれば、控訴人の前示供託金は、他にこれが返還が許される事情の存することが認められない本件においては、同法第九十三条第一項により国庫に帰属し、控訴人はもはやこれが返還を求めえないものといわなければならない。従て被控訴人に対し右供託金の支払を求める控訴人の本訴請求は失当であるから、これを排斥した原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十五条を適用し主文のとおり判決をする。

(裁判官 牛山要 岡崎隆 小沢文雄)

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